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2007.10.31 (Wed)

続・チャンドラ・ボースの思い出(part25スレ)

312 名前:おさかなくわえた名無しさん :2006/05/18(木) 20:30:11 ID:V4Zuwp+L
「何で軍歌なんか知ってたんですか」って件です。
…昔々、第二次世界大戦の頃、
Mさんというインド人の若者がいました。
Mさんは、インド国民軍に参加し、
日本軍の新藤(仮)という軍人の下で訓練を受けたそうです。
新藤氏は、日本人にしては色が黒く目鼻立ちが濃かったせいで、
日本兵の間で「インド人に似ているから、お前のあだ名はインドさんだ!」とおもしろがって呼ばれていたそうです。
また、Mさんたちからも、そのあだ名と、
名前の発音がインドの古称である「シンド」と似ているため、
「シンドさん、シンドさん」と親しみを込めて
呼ばれるようになったそうです。

新藤氏の訓練は厳しく、Mさんたちインドの兵士を怒鳴りつけたり鉄拳制裁を加えたりするのも日常茶飯事だったそうです。
しかし、訓練が終わると、
日本の歌やインドの歌を一緒に歌ったり、言葉を教えあったり、
時には特別配給されたお菓子を分けてくれたりと、
日本人、インド人を問わず、兵士たちの誰からも尊敬され、
愛される上官だったそうです。

313 名前:おさかなくわえた名無しさん :2006/05/18(木) 20:31:15 ID:V4Zuwp+L
そして、訓練も終わり、インパール作戦への開始。
その時、Mさんたちは新藤氏の部下(?)として、
作戦に参加することになったそうです。

激戦の中、新藤氏の部隊は、強力なイギリス軍の陣地を攻めるため、
本隊から大きく迂回してジャングルの中を進み、
イギリス軍の背後を突くように、という命令を与えられました。

しかし、攻撃前にイギリス軍に発見され、
ほぼ全滅するほどの被害を受けたそうです。

気づけば、Mさんの周囲で生き残ったのは、
同世代の若いインド兵がわずか5名。
みんな恐怖で逃げ散ったために
かろうじて生き残った者ばかりだったそうです。
イギリス軍に見つかれば殺される、と怯えるMさんたちの元に、
片腕を失った新藤氏が合流し
「作戦は失敗した、本隊と合流しよう」と告げたのだそうです。

ですが、武器も食糧も水もろくになく、
本隊がどこにいるのかもわからず、
しかも敵兵がうようよいる中では、夜中にしか移動できません。
そんな中でも、重傷の新藤氏は怯えるMさんたちを励まし、
杖代わりの小銃にすがって山中をさまよったそうです。

315 名前:おさかなくわえた名無しさん :2006/05/18(木) 20:32:28 ID:V4Zuwp+L
数日後、食糧も水も尽き、新藤氏の病状も悪化し、
いよいよもうダメだ、とMさんが覚悟した時。
最悪なことに10人ほどのイギリス軍の小部隊が
近づいてくるのを発見します。
新藤氏は、Mさんたちにこう告げます。

「私は、この怪我ではまもなく死ぬ。
だが、諸君はなんとしても生き延びて、
インドの独立のために戦いなさい」

うなずくMさんたちを地面に伏せさせ、
その上に土や落ち葉をかぶせた後、新藤氏は「ガンバレ!」
と叫ぶと、弾の尽きた小銃だけを手に、
イギリス軍に向かって駆け出します。

しかし、何歩も行かないうちに、イギリス軍の機関銃に頭を撃たれ、
鉄兜をはね飛ばされ、その場に倒れます。
それでも、新藤氏は跳ね起き、
小銃を構えてイギリス兵に襲いかかり、
銃剣で3人を刺し殺したそうです。

なおも片手で血まみれの銃を振り回す新藤氏に
恐れをなしたイギリス兵は、武器や荷物を放り出し、
悲鳴を上げて逃げ去っていったそうです。

イギリス人が逃げ去って初めて、
新藤氏はその場にばったりと倒れます。

316 名前:おさかなくわえた名無しさん :2006/05/18(木) 20:33:29 ID:V4Zuwp+L
敵兵が去った後、新藤氏に駆け寄ったMさんたちが見たのは、
最初の機関銃の弾で頭を撃ち抜かれたためか、
頭が半分無くなってしまった新藤氏の変わり果てた姿でした。

Mさんたちは、新藤氏の遺体を囲んで泣き、
日本人がこんなに勇敢に戦ったのに、
私たちは怯えて見ているだけだった。情けない。
これからは勇敢に戦い、新藤氏が願ったように、
生き延びてインドのために命がけで働こう、と誓ったそうです。

そして、新藤氏の遺品である銃やお守りを手に、
イギリス軍の残していった武器や食料をみんなで分け合い、
その場を離れます。
新藤氏の死から、10日以上も山中をさまよった後、
一行は小さな集落にたどり着き、
その住民に助けてもらってようやく日本軍
(当初属していた本隊ではない部隊)と合流できたのだそうです。

318 名前:おさかなくわえた名無しさん :2006/05/18(木) 20:34:30 ID:V4Zuwp+L
形見のお守りは合流した日本軍の士官に渡したそうですから、
おそらく遺族の元に戻ったことでしょう。

そうそう、士官が確認のために開けた時、中には小さな木の板と、
折りたたんだ写真…
新藤氏が奥さんの隣で、小さな女の子を抱いて微笑んでいる写真…
が入っていたそうです。
小さなお子さんのためにも、
なんとしても日本に帰りたかっただろうに、
命がけで自分たちを守ってくれた新藤氏の勇気に、
Mさんたちは再び声を上げて泣いたそうです。

そして、終戦。
最後までMさんたちの面倒を見てくれた日本軍の士官は
「私たちと一緒にいると、イギリス軍に捕まってしまうから、
身分を隠して故郷に帰りなさい」
といって、わずかながらお金や食料、衣服などを
分け与えてくれたそうです。
そして、「インド独立の約束を果たせなくてすまない」
と涙を流して頭を下げたそうです。

319 名前:おさかなくわえた名無しさん :2006/05/18(木) 20:35:32 ID:V4Zuwp+L
戦争の後、故郷に帰ったMさんたちは協力し合い、
新藤氏の最後の言葉「ガンバレ!」を合い言葉に、
インドの独立と発展のために必死で働いたそうです。
そして、Mさんは軍人として大成し、
仲間たちもお互いに力を合わせて、
政治家や実業家、学者として同様に成功を修めたそうです。

そう。Mさんは、Sさんたちの一族の人、
Sさんの大叔父さんにあたる人だったのです。
この話は、子供の頃からSさんたち兄妹が繰り返し繰り返し聞かされてきた物語なのだそうです。

Sさんが初めてこの話を聞いた時には、5人のうち、
Mさんともう1人しか生き残っていなかったそうですが、
その2人から、日本人がいなかったら、
自分たちはきっとまだイギリス人の奴隷だったこと。
そして、アジアを解放するために戦ってくれた日本人の勇敢さが自分たちを目覚めさせてくれたこと。
そして、恩人の新藤氏は、今も自分たちを守ってくれていることを教えてくれたそうです。

そして、この話と一緒に教えてもらったのが、
新藤氏が大好きで、みんなといつも歌っていた
「愛国行進曲」だったのだそうです。

321 名前:おさかなくわえた名無しさん :2006/05/18(木) 20:36:34 ID:V4Zuwp+L
この話にはちょっとオカルチック(?)な余談があります。

新藤氏が死んでMさんたちが山中をさまよっている時のこと。
疲労で見張りを立てる余裕もなく眠ってしまった5人全員の夢の中、新藤氏が出てきて「敵襲!」と叫んだそうです。
そして、はっとして目覚め、跳ね起きて藪の中に身を潜めたMさんたちのすぐ近くを、イギリス兵の偵察部隊が通り過ぎていったそうです。

その後も何度か、Mさんたちの夢に新藤氏が現れて、敵が近くにいることを教えてくれたそうです。
Mさんたちは、死んで霊になった新藤氏が
自分たちを守ってくれていると信じ、
夢の警告に従って、ひとりの死者を出すことなく生き延びることができたのだそうです。

しかも、戦後の独立運動の間も、その後の軍務の中でも、新藤氏は何度もMさんたちの夢に現れ、
様々な危険を教えてくれたそうです。

…霊のお告げ、ってのは「Mさんたちの、疲労状態でも極限まで緊張しきった神経が、敵兵の近づくのに気づき、
無意識のうちに頼りにしていた新藤氏の姿を借りて警告を発した」
合理的に考えることも出来ますが、
やっぱり、これだけは、死者の魂が最後まで守っていてくれた、という
説明の方がしっくりするような気がします。
17:01  |   |  トラックバック(0)  |  コメント(17)
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Comment

清にヨーロッパ列強が疎開地を沢山作ってた時に北京で大きな暴動があった
砦にヨーロッパ各国の軍人や民間人が纏まって避難した時に日本人達もいた
連日連夜続く爆撃音や放火で精神的に追い詰められパニックとヒステリーを起こすヨーロッパの婦人や子供達
攻防のために先に立ち打たれて泣き叫ぶヨーロッパの軍人達
そんな中で泣き言も言わず黙々と怪我の手当に奔走する日本人の婦人達
頭を打たれても手ぬぐいで鉢巻きをして持ち場を離れずお互いを鼓舞し戦い続ける日本兵達
重傷を負っても大騒ぎせず淡々と治療をうけ静かに横たわるだけの日本兵達
そんな日本人達を観てヨーロッパ人達はクレイジーに感じたものの、冷静さと状況判断できるようになっていった
病床人の看護を手伝い弾薬を運び援軍が必ずくると励ましのりきったそうだ
現代人には理解不能な精神力を日本人はもってたんだよ
おさかなくわえた名無 |  2017.02.22(水) 16:49 | URL |  【編集】

人間は運が良いと脳みそ半分吹っ飛ばされても生きてるからな。
実際に、数人今現在も残った脳みそで普通に生活してる人がいるし、あながち嘘とも言えない。
おさかなくわえた名無 |  2013.05.04(土) 20:04 | URL |  【編集】

我が腕を無くそうとも頭を吹き飛ばされようとも戦友を守る献身さがたまらなく自分の心を捉えて離さない涙がとめどもなく溢れて止まらない
国を思う事友を思う事の大切さを学ばせて頂きました
ありがとうございます
おさかなくわえた名無 |  2013.03.12(火) 21:36 | URL |  【編集】

やはり日本人は素晴らしい
あの戦争は意義のある戦争だったんですね
おさかなくわえた名無 |  2012.05.05(土) 06:10 | URL |  【編集】

日本人は誇りを持とう。
我々の先祖は素晴らしいことを成し遂げてきたのだ。確かに日本は戦争には負けた。
だが西洋列強に立ち向かう日本人を見て多くの植民地のアジア人が独立のために戦い今がある。
日本万歳! |  2012.01.12(木) 00:45 | URL |  【編集】

泣いた。
なんかもう、言葉が出てこない。
おさかなくわえた名無 |  2011.12.03(土) 18:57 | URL |  【編集】

あれ?この話、Mさんとシンドさん(part8スレ)と同じですよね?
おさかなくわえた名無 |  2011.02.07(月) 23:00 | URL |  【編集】

過去にはギロチンで首を落とされても20秒ほど生きてた例もある。
事故で首が飛んだ奴が、離れた胴体を見て驚愕の表情を見せた例もある。

一概に嘘や胡散臭いとは言えない。
俺は信じたいな。
おさかなくわえた名無 |  2011.02.06(日) 13:48 | URL |  【編集】

本気で泣きました
おさかなくわえた名無 |  2010.01.16(土) 21:09 | URL |  【編集】

作り話判定がこのまとめの趣旨じゃないでしょ
普通にいい話だと思う
おさかなくわえた名無 |  2009.07.28(火) 12:08 | URL |  【編集】

頭半分吹っ飛んだ状態で英軍人3人刺し殺したって箇所が途轍もなく作り話っぽいんだが

それ以外はいい話だと思う
  |  2009.06.10(水) 12:19 | URL |  【編集】

マジで泣いた。
凄すぎる。

新藤氏は、間違いなく、今の時代にも、未来にも繋がっていく、偉大な戦果を挙げましたね。
Sky. |  2008.10.30(木) 23:35 | URL |  【編集】

本当に感動した。
戦時下にはこういう劇的な話が沢山あるのだろうな。
祖国のために、自らの幸福も命も擲って亡くなった先人達の遺志を引き継いでゆくのは、後世の国民の義務だ。
自虐史観や外国の圧力で、次代を担う子供達に、適当な教育を施すのは、先人達への侮辱であり裏切りだよな。
おさかなくわえた名無 |  2008.08.26(火) 15:32 | URL |  【編集】

本気でないた
おさかなくわえた名無 |  2008.06.30(月) 03:33 | URL |  【編集】

めちゃくちゃ感動した
あ |  2008.05.10(土) 17:16 | URL |  【編集】

良い話じゃねーか・・・
胡散臭いのは、お前のコテハンだYO↓。
おさかなくわえた名無 |  2008.02.15(金) 09:45 | URL |  【編集】

これは胡散臭いwww
名無し@こっぺぱん |  2008.02.14(木) 21:20 | URL |  【編集】

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